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PBP暫定リザルト [PBP]

2011.9.26(月)

さきほどPBPのオーガナイザーからメールが来ていました。
今現在暫定リザルト(ホモロゲーション前)が公式サイトで確認できるようです。

クレームがあればメールしてね、という但し書きがついているので、もし間違っていると思われる場合は連絡することが必要になるのでしょう。
早速、自分のところをチェックしてみましたが、
89H20 4821 OTANI TOSHIRO JP M VE VELO CLUB RANDONNEURS AOBA
となっていて大丈夫でした。

チップの計測不良とかもなくトラッキングでもきちんと表示されていたので心配はしていませんが、やはりこうしてリザルトとして出てくると安心します。

あと、オフィシャルジャージとかも9月末(Late September)までオンラインで注文できるとか。
現地で車検の時に引き渡してもらうのと比べると送料分(10EUR)?が上乗せされているのでしょうが、ジャージ(40EUR)も反射ベスト(30EUR)も1枚しか買わなかったので、ジャージは追加で注文しようかな。

DSC05241.jpg
ゴールした時の体育館裏の写真:こんなのしか撮ってないというw

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番外編:パケット通信費用とか [PBP]

2011.9.12(月)

PBPに行く前にフランスでのパケット(データ)通信をどうするか?と、少し悩んだのですが、直前にいろいろ新しい機器に変更するのは慣れの問題もあるので良くないだろうと、コンサバな判断で特に変更せず。
普段使っているiPhone 3GSをそのまま持っていき、海外パケ放題で使うことにしました。

iPhoneは日本国内では、Softbankが専売となっていてSIMロックもかかっています。最近では、USでもSIMロックフリーのiPhone4が普通にApple Storeで買えるようになっていたり、そもそもヨーロッパの一部の国とか香港などでは、SIMロック自体がダメって国から規制されていて、SIMロックフリー端末が基本だったりするところもあります。

日本のSoftbank、孫さんがしばらく前に自慢げに吹聴していた「海外パケ放題」1日1480円というのは、ある意味キャンペーン価格であって、現時点ではある一定量までのパケット通信で1980円/1日というものになっています。
通信量が少し嵩むと2980円/1日のもう一段階上の料金もあるようです。

話しは少し飛びますが、私がiPhone 3GSを使い始めたのは、2009年の6月末のほぼ発売日。
締め日の関係で、月月割とか割賦販売のなんやかんやがクリアになるのが2011年8月10日(〆日)で8月11日以降であれば、10月10日まで解約手数料も、割賦残金もかからずにおさらばできることになっていたようです。
8月11日、悩みましたよ。
SIMロックフリーの端末でWi-Fiの踏み台にできるとか、Wi-Fiルーターがあれば、フランスで現地SIMをデータ通信で使えば割安に使える可能性があるのです。しかし、8月上旬はその他のことやら準備がまだまだ手つかず。データ通信端末を入手することとかに時間は割けません。
結局、どうしても必要な時だけ、海外パケ放題を利用して現行のiPhone 3GSで行くことにしました。
(これも後日談ですが、普段はiPhoneのOSとかすぐにUPしないのですが、たまたま春先にボーッとしててUPしてしまい、その結果JailbreakしたとしてもbasebandのためにSIMロック解除はできない状態になってしまっている、ということを知り、あちゃーっとなったことも事実です。割賦が終わるまではSoftbankに一応義理があると思ってJailbreakをためらっていたのがアダとなりました。)

結局のところ、フランスでのiPhoneの使い方は、海外データローミングをONにするかどうか。
海外パケ放題の時間設定が日本時間の1日で決まるとあって、夕方5時が切り替えタイミング。そこから24時間が1日です。
フランスに到着した8/17は、空港からヴェルサイユへ行くのでいろいろ調べる必要もあり「使用」
その後、1日単位で「今日は使う日」「使わない日」と区別したはずですが・・・

どうも結局は9日ほど使用したことになっているようです。
それも8日は1980円、もう1日はおそらくPBPスタートの際の動画配信した時でしょうが2980円。合計18820円。
自分の感覚では、もうちょい少なかったはずですが、ちょっと呟いただけで1980円は超えてしまうようです。

自分的に使った記憶のある日
8/17、20、21、23、24、25、26、28
2980円だった可能性がある日
8/22(現地では21の夕方〜というPBPスタートの日)

ちなみにSIMロックフリー端末だった場合は、現地のSIMでOrangeなどは1ヶ月で9ユーロとかいう話しもあり、そそれって1000円程度なんですよね〜(苦笑)

実は昨日夕方、日本国内でもあまりに繋がらないSoftbank回線に業を煮やして解約してきちゃいました。
その前に、ざっと確定前料金をオンラインでチェックしてたのですが、解約してしまうと、過去のというか、これから課金されて請求されるという明細すら見れなくなってしまう。
そんな訳で、確定済の8月支払い分とか半年前までの分はPDFでダウンロードしたのですが、最後の分が画面でチラ見しただけで実はpdfとか残せていないw

このあたり、ちょうどiPhoneはiPhoneで5がもう少しで出そうという端境期だったり、帰国してから国内のとある事業者から海外パケ放題1000円/1日でできるルーターの貸し出し案内とか、ちょっとタイミングが悪かったとしか言いようがないのですが。
(たらねばは不要ですが、ルーター貸し出しが使えれば9日でも9000円、現地SIMが使える端末を持っていれば直接なら1000円程度で終わった?という疑惑すらあり)

このあたりは、情弱なので仕方ない?
そんなこと無いですよね。

今更言っても仕方ないですが、割賦も終わった端末は、やっぱりSIMロックをたとえ有償でも外せるようにしてくれたら、どんなにまともな使い方ができたか。
そんなわけで、iPhoneにSIMロックをかけて販売することは早急に終わりを迎えて欲しいと切に願っています。
次は、キャリアとは関係なしにSIMロックフリー端末を自前で買って、その時必要な回線サービスをその都度買うような形で運用したいな、と。

僕にとっては、iPhoneはMacみたいなもので、回線がどこかは関係ありません。
山でも都市でもつながらない、つながっても遅くて使い物にならないSoftbank回線はいまや不要です。そこに4000円以上払う意味は見いだせません。その金額があれば、比較的まだどこでも繋がるドコモ回線を今使っているガラケーのアクセスポイントモードで使い倒す方が遙かに快適ですし、実用性も高いです。
つながるようになったら、その時はまた使う日が来るかもしれませんが、多分無いでしょう。
(Softbank回線を4年以上使ってきた体験による個人の感想です。)


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cafe sacoche ブルベナイト(第一回) [PBP]

2011.9.12(月)

9/8(木)のことなので、ちょっとタイミングが遅いのですが備忘録的に。本編書かずに番外編。
twitterやってる自転車乗りの間では割とみなさんよく行かれていると思われる下北沢のcafe sacocheさんが、PBPに参加された方の報告会みたいな感じで「ブルベナイト」を開催するというので、こっそり混ぜてもらいました。

いえ、実はcafe sacocheさんには一度も行ったことが無く、twitterでフォローはしていたり自転車乗りのみなさんが行かれている様子はネット越しに拝見してはいたのですが、どうしたもんだろ?と思いつつ、「行ってもいいですか?
」とかおまぬけなレスを飛ばしたところ、「サコなうしてね」みたいなお返事もらったので、のこのこ出かけてきたわけです。

自分も一応、PBPには出ていましたし、何とかギリギリ完走できたわけですが、何せここでもチラッと書いているように、いまだに記憶が定かでない。点の記憶はあっても、それがいったいどうだったのか?人様にきちんと説明できる状態になっていない。
もう、すっかり「おのぼりさん」状態で、「他の参加者のみなさんの体験談を聞きにいこう」ぐらいの他力本願具合での参加です。

その昔、独身時代には太子堂商店街に住んでいたこともあり下北沢は知らない町では無いはずですが、今の家からだと同じ世田谷区でも電車やバスなど公共交通機関では行くのはちょっと面倒な場所。三茶から歩くかバス、または渋谷まで一旦出てから井の頭線で下北まで戻ろうか?と、迷ったりもするわけです。
(酔っぱらって下北から三茶へ歩いて帰ることは以前頻繁にあったりもするのですが、最近はご無沙汰)

開始が7時だったかでそれより少し前にお店へ辿り着こうとしたところ、すぐ手前で自転車乗りに声をかけられたり。あれ?と思ったら、PBP参加者の @kaneshika さん。ご近所らしく自転車で登場。青葉のブルベにも参加されてたり、何度かご挨拶したりでtwitterアカウントとお名前が一致する数少ない知り合いです。
あ〜よかった。少なくとも知ってる人がいたわ〜、という感じ(^^;)

cafe sacoche
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お店に入ると、 @eijitom さんがカレー食べてました。そういえばさっきtwitterで少し早めに行かれるようなことを書いてたような。 同じく、青葉の常連さんなので、何度かご挨拶したりでtwitterアカウントとお名前が一致する数少ない知り合いの方だったりして。よかった、知ってる人が二人いた。とか思いつつ、あたりをキョロキョロ。

19時まではHappy Hourでドリンク20%オフがギリギリ適用とかいう話しを聞いて、とりあえずクローネンブルグを飲んでみたり。「1664」って数字でしか把握してなかったんですが、フランスでよく見かけたビール。なんとなく懐かしい?(嘘です、PBPのコントロールで後半飲んだビールはハイネケンが多かったかもしれません)

19時にはまだ集まりが悪いようで、スタートを30分遅らせるというので、折角ですからカレーを食べておきましょう。サコッシュカレーにするか迷いつつ、こっちの方がちょっと辛いということでキーマカレー
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キーマカレーを美味しくいただきました。
ハバネロとかは・・・実は辛いの大得意なんですが、こんな時にいきなり飛ばしても仕方がないので次回以降のお楽しみにしておきましょう。

少しずつ参加者が増えていって、だいぶ集まったかなぁ、という頃合いでブルベナイトのスタート。
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お店からのお祝いということで、最初は泡を1杯いただきます。
乾杯の音頭は、御大 @kazuak さん。
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やっぱり泡はこういう時美味しいですね。
ここからスタート。

気がつけば、PBP参加者も、話を聞きに来たランドヌール(ランドヌーズ)も、そこそこ知り合いがいたりして。

ちゃんと写真を用意されてた参加者の方のプレゼンを聞きながら、「へぇ〜」とか「あ、これ知ってる」とか、通過時間の違いをもろに感じながら、同じイベントでも全く違う体験なんだろうなぁ、と感慨深いひととき。

あ〜、ちゃんと自分も数少ない写真とか整理して、自分の走行記録を書き記さないと、とか思いつつ(^^;)

PBPゴールの日の懇親会は、ゴール後に宿に戻ってからタクシーで出かける際にタクシーが来るのが遅かったりで遅刻参加だったり、あんまり他の人達と思うように話しができずに終わってしまって残念な思いがしたのですが、ちょっとこれで埋まったところがあったり。

また、来月に第二回ブルベナイトがあるそうなので、時間があえば是非参加してみたいところです。

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Etape1 サンカンタン・アン・イブリーヌからモンターニュ・オー・ペルシュまで140km [PBP]

2011.9.8(木)

ようやく本編を書き始めます。途中で書き方とか芸風が変わってしまう可能性もありますが、まずはEtape1について振り返ってみたいと思います。

第17回PARIS BREST PARIS RANDONNER
2011年8月21日(日)18:00スタート組:グループスタート90時間

事前のアナウンスによると、約500人ぐらいずつ時間差でスタートとなるようでした。18:00からスタートを開始しているようですが最後尾に並んでいる私達はなかなかスタートの順番が回ってきません。
後で聞いたら、19:20スタートの人とかがいたので、どうも20分ぐらい間を空けてスタートさせていたようです。

こんな装備で動画撮影をしてみたり
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だいぶ長いこと待って、ようやくブルベカードに最初のスタンプを押してもらうと、そこには数字で6という記入がありました。ウェーブ6ということでしょうか?スタートは20:00となり、ブルベカードのコントロールオープン/クローズ時間とはちょうど2時間差とわかりやすい時間差のようです。



スタートを切る度に、ひととおりの盛り上がりを見せているのでしょうが、90時間組のグループスタートとしては最終ウェーブ組になり、テンションはやや抑えめのように見えたり、そうでもないように見えたり。
しばらくはスタートライン前で、スナップを数枚撮ったり、Twicasで動画配信してみたりと遊んでみますが、スタート時間が近づくにつれ、少し気持ちを落ち着けようと切り替えていきます。

大きなイベントになると、スタートでは周囲のテンションの高さに圧倒され、自分も舞い上がってしまい、結果としてオーバーペースで走り出してしまうことがよくあります。今回、そんなことをやっている余裕は自分には無いので、深く息を吐き出すようにして気持ちというか心を静めていきます。
周囲の騒がしさ、賑やかさとは別に、心のなかに静寂が生まれていきます。
「ブレストに行こう。そして、ここへ、パリへ帰って来よう。」

このスタート地点に立つまでのことを、少し思い出します。
ここまで来れただけでも十分頑張った。あとは、無事にゴールするまで走りきろう。
直前に調整がうまくできていなかったりして、走力に関しては若干不安があったもの、今更そんなことを気にしても仕方はありません。走りながら調子を上げていくことにします。

スタート時点で、なんとなく一緒に走る予定は、青葉お達者組:チコリンさん、Bongoさん、AJH組:ヨシダさん、naomiさん、タナカさん、そして千葉の三浦さん。
昨年のいわゆる3200km目標というPBP国内優先順位競争から一緒に走ってきた仲間です。
北海道から遠征で本州各地のブルベに認定走行距離稼ぎに来ていたAJH組を、各地で一緒に走っていました。元はチコリンさん、Bongoさんが北海道遠征で彼らと仲良くしていたというところからですが、何度か混ぜて走っているうちに、自分たちでは「PBP魔界チーム」というグループで事前情報交換から、宿の手配など、お互いに助け合ってここまで来ました。
三浦さんは千葉で走られている方ですが、naomiさんの護衛で各ブルベを走っていることが多く、何度かご一緒させていただきました。一番最近一緒に走ったのは、naomiさんが台風による豪雨全開の「もてぎ600(左回り)」でした。ソロで走れば圧倒的に速いのですが、naomiさんやみんなのお守りに一緒に走っていただいてます。
今回のPBPでは、誰とどこまで一緒に走っていられるか。ほんのちょっとした走力、そして眠気のタイミング次第で、ときおり前後しつつ走って行くことは走る前からわかっています。
全ての行程を一緒に走ると、一番弱い人にあわせてずるずると後退していってしまうことも、これまでの経験からよくわかっていますので、つかず離れず、お達者倶楽部の行脚がどうなるか、最後はそれぞれ個人のペースで走りましょう、ということは確認済みでのスタートです。

そして、20:00となり、スタートラインの先頭に並んだ人達から順繰りにスタートしていきます。
公式記録は計測チップが計測ラインのマットを踏んで記録された時刻からになります。私が計測ラインを超えたのが20:02ぐらい、後にフレームナンバーからトラックする仕組みでチェックしたところ20:01が正式記録となっていたようです。

後ろから「ぴかちゃん、先頭行って〜」と声がかかります。
「え?」と一瞬思いますが、要は彼らよりも先に現地入りして、スタート直後のコースは3日走っているという私がとりあえず前に出てね、という意味だと理解します。
スタートからしばらくの間は、PBP直前に道路の舗装を新しくやり直しているようで快適な道が続きます。ゆるやかな下り坂があり、集団はぐんぐんスピードを増していきますが、調子に乗って飛ばしすぎると1200kmの長丁場はやっていけません。若干追い抜いたり、追い抜かれたりを繰り返しながらも、自分達のグループは比較的抑えめのスピードで進んで行くように蓋をしておきます。
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ロータリー(ランナバウト)に入ると、横の道路をオフィシャルが封鎖しています。
信号にさしかかっても同じです。どうやら交通整理をしていて、しばらくの間はノンストップで走れるように考えてくれているようです。
1つのスタートが500人ぐらいに区切ってあるというのは、それだけの集団を走らせるにはしばらくは信号ストップなどさせる余裕がない(させたら追突など事故が起きる可能性が高い)ということなのでしょう。
また、20分ぐらい間を空けているというのは、ひとつのスタートが通りすぎて、次のスタートがやって来るまでの間に、周囲の交通整理で止めていた車の流れを円滑に進める必要があるからなのでしょう。
なんとなく、そんな風なことを考えながら、周囲の協力に感謝の気持ちを感じながら、またそれを「メルシー」ぐらいでしか表せないもの言葉を発しながら進んで行きます。

頭の中には、JSportsで見ていたツールドフランスの光景がオーバーラップしていきます。
実際に走ってみると、感じるものはやはり違うんだ、ということに気づきます。
これはやはり「おとーさんのツールドフランス」っていうのかもしれない。日本に居る時からそんなフレーズでPBPのことを自転車に乗らない人に説明してきたりもしたのですが、自分で走り出して実感します。
「そうだ、やっぱり、これはおとーさんのツールドフランスなんだ!」
なんだか、ちょっと胸熱です。走りながらひとりほくそ笑んでしまいます。

20:00スタート組でも比較的後ろの方だったので、自分たちの後方には数十人いる程度。しばらく走ると、もうほとんど抜かれることもなくなりました。
「もしかして、この最終スタート組になったのは、結果として良かったのではないか?」そんなことも考えます。

集団走行での落車リスクが、ここではほとんどありません。慣れない右側通行での集団走行は気を遣うので、これは本当に助かりました。

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途中の住宅地の中を通る道で、速度抑止用のバンプが石畳で出来ているところがあり、不用意に通過すると装備を落としがちな場所があるのですが、試走済みのメンバが、やはりそこで積み荷を落としてしまいワンストップするということもあったり。止まった際に、まだ日が暮れていませんが尾灯を点灯しておきます。

【1時間後】8/21 21:00(現地時間) 24.5km地点Montfor l’Amaury付近
前日以前の試走で何度か走りましたが、Openrunnerで公開されているGPSルートでは一旦左折してパヴェで少し坂を下って街の中をかすめ通り、また細い(わかりにくい)道を上っていくところがあります。
本番の今日は、サインが右折(実はOpenrunnerで提示されている復路のコースと同じ)になっていて一安心。

ここまで1時間で来るならなかなかのペース。やはり信号ストップが無いのと、多少の集団走行でのドラフティングっぽいのが効いているようです。
このくらいの時間で日が暮れていくので、この先は夜間走行になります。

【2時間後】8/21 22:00(現地時間)48.0km地点
まだまだ良いペースで進んでいきます。どこまでもこのペースで走っていけたら楽勝なのでしょうが、そうもいきません。

【休憩:2時間40分後】8/21 22:40〜22:50(現地時間:10分程度の小休止)61.0km地点
そろそろボトルの水が心もとなくなってきました。どこで街を通るのか?通ったとしてBARはやっているのか?
そんなことが分かりません。事前に調べるといっても経験者に聞いて教えてもらうぐらいしか分かりようがない話です。当然、そんなことは事前に学習できていません。
たまに、給水を個人のボランティアの人がやっていたりするのを目にして、ここでも一旦通りすぎたもの、
「水をもらっておこうよ!」と声をかけて戻ります。

ボトルに水を入れてもらい一安心。たぶんここで、チコリンさんはMUSASHIのリプレニッシュメントを補充するとかで作業していたと思います。また、持参した補給食を止まってゆっくり食べたりします。(10分近く停止した理由)
ここを再スタートする際には、私は先頭を走るお役御免となりました。後は、各自適当にばらけて走り出します。

【3時間後】8/21 23:00(現地時間)66.0km地点
さきほど10分ほど小休止を挟んだというのがあったにしても、やはり徐々にスピードは落ちていくわけです。夜間走行に入っているのもありますが、町に入るたびに坂を上り、また下りと、たいしたことは無いもの多少のアップダウンでスピードは乗らなくなってきます。また、集団がばらけているので、もうドラフティング効果は全く期待できません。

【休憩:3時間45分後】8/21 23:45〜8/22 00:05(現地時間:20分程度のBAR補給)81.0km
みなさん持参した補給食で事足りているようですが、水がやっぱり不足しています。夜間走行で眠さも感じてきているので、BARでカフェ補給といきましょう。
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カフェラテを頼んで、椅子に座ってほっと一息つきます。そうだ水をもらって置こう。道路の反対側に止めた自転車へ戻りボトルを2つ抱えてカウンターへ行き、水を入れてもらいます。
お店の人は慣れたものなのでしょう。ボトルをひっくり返して下へ押しつけると、ガーっと一気にボトルの洗浄、そして新しい水をボトルいっぱいに注いでくれます。

再度席に戻ってカフェラテを飲み、ついでにトイレを借りておきます。この先、いつトイレを借りることができるかわからないので、ちゃんとしたトイレがあるBARは基調なトイレポイントになるわけです。
現地時間で0時過ぎですから、この先BARですら空いているところは少ないかもしれませんし。

のんびり休憩したいところですが、まだ最初のコントロールどころか、その手前の補給地点すら辿り着いていないので、先を急ぐことにしましょう。
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休憩中に4時間後を迎えています。
【4時間後】8/21 00:00(現地時間)81.0km地点

【5時間後】8/21 01:00(現地時間)102.5km地点

【6時間後】8/21 02:00(現地時間)125.5km地点

そしてようやく、最初の補給地点へ到着となります。
【6時間55分後】8/21 02:55(現地時間)140.5km(GPSログによるもの、キューシートでは140km)
モンターニュ・オー・ペルシュに辿り着きました。
深夜遅くの到着です。18時丁度にスタートするのと、20時とでは時間差が2時間あるわけですが、遅くの到着が辛い反面、補給するためのレストランには混雑もなく、わりとゆったりとした感じで使えるのが助かります。
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まだ、この時点では気持ちに多少余裕があったので、トイレにいったついでにこの補給施設の各所をスナップ撮り。
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入口正面にあった、BARカウンター
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(すいません。書いている途中でPostしてしまいました。後ほど数枚の写真とキャプションを追加する予定です。)

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スタート〜220kmまで記憶がつながった [PBP]

2011.9.6(火)

 

GPSログをいろいろ眺めて、スタートから最初のコントロール(往路は220km地点のヴィレンヌ・ラ・ジュエル)までの記録をほじくり返し、ようやく点の記憶が線でつながってきました。

 

PBP公式サイトでは、ルート情報を Openrunner というサイトを通じて公開しています。

英語だとStage、フランス語だとEtapeなのでしょうが、1から15まで分かれています。

また、サイトに次のように書かれていますが、

The route below is subject to change based on the road works and the decisions of the french administration. 

 

このルートは変更される可能性があるものです。実際、矢印のサインに従って行くと一部違ったルートを通ることが何度かありました。ルートが大きく外れていないか、というチェック用にGPSデータを仕込んでおくことは必要ですが、あくまでも参考まで。実際の走行はサインに従うことが原則ということになるでしょう。

 

 

Etape1は、スタート地点のサン・カンタン・アン・イブリーヌから140km補給地点であるモンターニュ・オー・ペルシュまでとなっています。

(リンク切れする可能性もあるのでスナップを貼っておきます)

etap1.jpg

 

Etape2は、モンターニュ・オー・ペルシュから累計221km(区間距離81km)にある最初のコントロール:ヴィレンヌ・ラ・ジュエルまでとなっています。

(リンク切れする可能性もあるのでスナップを貼っておきます)

etap2.jpg

 

往路と復路では実は若干通るルートが異なるのですが、サン・カンタン・アン・イブリーヌからモンターニュ・オー・ペルシュまでの間には、復路だとドルーというコントロールが入ったりします。

このあたり、スタート直後の往路は集団が大きくなりすぎるので、あえてコントロールは入れず、ばらけるまではコントロールで渋滞とかを発生させないような配慮があるのではないかと思われます。

 

それにしても、90時間グループスタート組は18:00スタートが基本なので、140kmで最初の補給地点といっても後半は深夜で街中の補給などは期待できないことを予想して補給を自分で持つ必要があります。

(今回、スタートへ並んだの遅かったこともあり、実際のスタートは20:00スタート組になり、さらに2時間後ろにずれています)

 

前日の車検とかスタート前に、適当な補給食でも買えればいいかな?と、かなり適当な感じで日本で何も準備せずに来たのですが、仲間内のみなさんは各自それぞれに日本から補給食を持ち込んできているという。私は少し早くフランス入りしていたので、それを聞いて最後に飛んでくるBongoさんに急遽お願いして、コンビニや空港などで一口羊羹をいくつか買って来てもらったりもしました。

 

一口羊羹、3段重ねx2セット

IMG_4680.jpg

スタート地点で、たぶんオフィシャルのスタッフからだったと思いますが、これ指さしつつ「やみ~、やみ~?」とニヤニヤ笑われたりもしてました。

 

そんなこんなで、スタートを切るのは20:00(実際に計測チップが通過した時間は20:01が公式)

そこからの話しは、Etapeに合わせてひとつずつ書いていくことにしましょう。

 

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点の記憶をたぐりよせて [PBP]

2011.9.5(月)

フランスから帰国して1週間が経ちました。
PBP遠征の間、放置しまくりだった仕事や各種作業が山のように溜まっていて、思うように記録を掘り返せていません。

走っている間は、楽しかったり、苦しかったり、諦めかけたり、奮い立たせたり、と、いろいろな感情が駆け巡っていたりもしたのですが、正直な話、記憶としては全てが「点」としてしか思い出せないのです。

それをつないで、再構築することに意味があるのかどうか?
少なくとも自分が理解すること、また、誰か他の人にわかるように説明するためには、その記憶を「点」から「線」へとつないでいく作業が必要になります。

幸いにして、GPSログは全て残っています。また、たまにですが、パチリと撮ったスナップには日本時間(フランス時間に設定変更していなかった)のタイムスタンプ付きで何かが写っていたり、twitterでポロッとつぶやいていたり(こちらはtwilogで後から確認可能)、足跡を辿るヒントは少しですが残っています。

PBP参加者の方のブログやレポートを少し読ませてもらうと、みなさんしっかりと記録も記憶も残っていて、かつ的確にまとめられていて素晴らしいです。もう、それだけでいいじゃない?って思えるぐらいなのですが・・・
自分は自分で出来る範囲で、ショボくても記録は少しずつ掘り返して残していくことをやらないとなぁ、と重い腰をよっこらしょと上げることが、まずは必要なのでしょう。

そういえば、今回の目標は「なんとか(自分が)完走する」ということであって、それ以外は二の次でした。
今の自分にとっては、それすらも多少背伸びしないと達成できない目標であって、それが出来ただけで本来はOKなのだと思います。
スタートの際の動画撮影が、どうもうまく撮れていなかった、という落胆が実はあったりするのですが(苦笑)
あまり余裕が無かったのも事実です。
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2011年・夏
準備不足で走力不足
そんな状態でも、なんとか天候に恵まれて、たぶん最後は根性だけで走りきったという、
弱弱ランドヌールの足跡を、自分で残しておきたいと思います。

まずは、ブレストを目指して! 黄色いサインを頼りに走っていくことにします。
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スタートする時は、第一目標が140km先の補給地点、第二目標が最初のコントロールである221km先のヴィレンヌ・ラ・ジュエル(って、その時は読み方すら怪しかった)
そのくらいしか考えられませんでした。走りながら先々のことを考えて行くというぐらいで走行計画も無し。
走行計画があるとすれば、最初の仮眠予定の449km先のルディアックになんとか滑り込んで、ドロップバッグを見つけて仮眠して、最後に折り返しの618km先のブレストまで辿り着くこと。
たぶん、折り返しまで辿り着けたら、あとは「帰るだけ」という、あまりにテキトーなレベルです。

弱いなら、弱いなりの走り方がある。
実はそういう強い信念があって「たぶん完走する」という楽観的な考えがあったのも事実です。
口では「よわよわ〜」とか言ってますが、ブルベに参加し出してから約3年。まだまだ初心者とは言え、それなりに本数も距離も走り込んで、少なからず経験を積んできている訳です。
走れないはずがありません。(コースの強度次第で山がのぼれなければタイムアウトはあっても、距離的に完走できない距離ではないという意味)

昨年、無理してでも北海道1200を走っていて本当によかったなぁと、PBPのスタートラインに立った時に心底感じました。1200kmは走れる。僕は走ったことがある。(平坦だけどw)
その経験に裏打ちされた自信のようなものは、やはり大きな違いとなって後から効いてくるのでした。
今年も、600を3本ほど(沼津クラシック、豪雨の茂木、恵庭)走っていて、それぞれそれなりに苦労をしつつ、なんとか完走できているので、やられつつもなんとか帳尻を合わせて完走するコツ?のようなものは自分の身体と相談しつつ出来るようになっていると自負していました。

時系列に拘らず、ポツポツ書いていきます。

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PBPスタート前のツイキャス録画 [PBP]

2011.8.31(水)

PBPスタート前に並んでいる最中、かなりヒマだったというか余裕?というか、パケ放題を利用してのツイキャス配信で遊んでいました。

ライブで見た方は少ないでしょうが、録画が残っていたので、ちょい恥ずかしいですがリンクを公開しておきます。

スタート時間によって、ピリピリした空気のところもあるでしょうが、私が並んでいたのは一番多いと思われる90時間組で18時スタート。しかもその最後尾。

ウェーブで順次送り出していくので、結局20時スタートとなりました。
ブルベカードには「6」と番号が記入されたので、ウェーブ6なのかもしれませんが最終組です。

その1 スタート直前にパンクが発覚し修理しているAJHタナカさんが映っています。

その2

その3

その4

その5 スタート直前ですが、スタートまでは写っていません。なにせiPhone手持ちでの撮影なので。


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各コントロールと通過タイム [PBP]

2011.8.30(火)

PBPの振り返りレポートです。
あまりにてんこ盛りで、しかも途中眠くて記憶が曖昧だったり、まだ整理がついていません。
いったい何から書けばよいのやら?状態だったりします。

今回は予習も不足していて、コントロールの名前すらわからない(フランス語の地名を何と呼べばよいのかわからない、という意味)。そのあたりのことも踏まえて、今更ながらの復習がてら各コントロールの名前と通過タイムを拾ってみることにします。

今回のPBPでは計測チップを足につけていて、通過タイムがほぼオンラインで追跡できるような仕組みが提供されていました。

Riders Tracking (フレーム番号を打ち込んで検索すると、その人の通過タイムがわかる)

それによるとこんな感じです。
画像としてスナップしたもの
PBP_report.jpg

計測チップの不具合があった人は、この表示がうまく出ていなかったり、コントロールを不通過扱いになってたりするそうですが、私の場合はきちんと表示がされているようです。

コントロール(PC)では、まず自転車を置いて(もしくは場所によっては自転車を押したままでも可)、コントロールと書かれた建物へ入り、計測チップ認識用のマットの上を通過します。この時点でピーっと鳴ったり(場所によってはその音が鳴らないところもあったり)して、電子的に記録がされます。
そのあと、ブルベカードを提示して、スタッフによる有人チェックを受け、ブルベカードにスタンプを押してもらい、さらに通過タイムを書き込んでもらいます。

往路のページ(ブレストまで走行後)
DSC05238.jpg

復路のページ(パリまで完走後)
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当然ですが、計測チップの時間と若干タイムラグがあると思います。

日本のブルベでは、フランス語読みを尊重して、PC(ポワンデコントロール)と呼ぶことが多いですが、PBPで訪れた現地では、単にCONTROL(コントロール)と呼ばれていました。

そしてCONTROLには番号が連番でついていなかったりするので、多少勝手が違いました。

自分の復習も兼ねて、各コントロールの名前を書き出してみます。連番は便宜的に振ってあります。
また、カタカナはたぶんそうだろうと思われる日本語読みです。(合っているかは不明)

WAY OUT(往路)
スタート     0000km サン・カンタン・アン・イブリーヌ
・・・     (復路ではこの間に、ドルーが入ります)
補給地点     0140km モンターニュ・オー・ペルシュ
コントロール1  0221km ヴィレンヌ・ラ・ジュエル
コントロール2  0310km フージェール
コントロール3  0364km タンテニアック
コントロール4  0449km ルディアック
補給地点     0493km サン・ニコラ・ドゥ・ペレム
コントロール5  0525km カルエクス・プルゲ
コントロール6  0618km ブレスト

WAY BACK(復路)
コントロール7  0703km カルエクス・プルゲ
補給地点     0736km サン・ニコラ・ドゥ・ペレム
コントロール8  0782km ルディアック
補給地点     0841km キェディラック
コントロール9  0867km タンテニアック
コントロール10 0921km フージェール
コントロール11 1009km ヴィレンヌ・ラ・ジュエル
コントロール12 1090km モンターニュ・オー・ペルシュ
コントロール13 1165km ドルー
フィニッシュ   1230km サン・カンタン・アン・イブリーヌ
(シークレットは除く)


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パリブレスト [PBP]

2011.7.29(月)

本日早朝、パリより帰還しました。
そういえばゴール後に食べた「パリブレスト」格別でした。
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PBPレポートを書くのは時間がかかりそうですが、少しずつ書いていこうと思います。
GPSログと写真とを付き合わせて、記憶を呼び覚まし記録にしていく地道な作業です。


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PBP完走、一夜明けて [PBP]

2011.8.26 現地時間

無事、PBP完走できました。

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2008年9月にブルべを初めて走った時から、丸3年でようやくここまで辿り着きました。
Madone SL5.2に乗り始めたのが、2007年7月のツールドフランスをTV観戦しながらです。

4年間、ずっと一緒に頑張ってくれた相棒と一緒にPBPに来れて、本当によかったです。

一夜明けて、ベッドで寝転びながら。
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こんなに充実した濃密な時間を過ごした90時間は、かけがえの無い経験になる事でしょう。

とてもタフなコースでした。
比較的、天候にも恵まれて大崩れする事なく、様々なまわりの人達の助けがあって、

感無量です。

PBP最高。次回も参加します。