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6年前はブルベ中止 [BRM回想]

2017.3.12(日)

 昨日は3.11 6年前の2011年3月11日に大きな震災が東日本であり、地震、津波という天災、そして原子力発電所の事故という人災の多重苦が発生した日でもありました。

 3.11という日付は、大きな災害の爪痕はいまだに残されたまま、心が痛むことを再度突きつけられる日でした。

 自分自身は、その日たまたま翌日開催予定のBRM312道志みち200の試走に出ていて、帰りの道志みち下りで丁度地震に遭遇したらしいのですが、風にあおられた?ぐらいの感覚でしかなく、本震の揺れに対しての体感は実はなかったりします。

その時のブログ 停電:信号の無い世界

 おそらく体感できなかった事が一番の原因だと思いますが、その時点では「翌日はブルベ開催」を前提に行動していました。道志みち200については、その前に試走したスタッフが凍結で落車したりという道路事情で、当日安全に走ることができるかの最終確認をしたいという理由で前日に試走していたもので、そこがクリアされたので自分の中では「開催できそうでよかった」という判断が先にあったからというのが次の理由になるでしょうか。

 2011年はPBP開催年でもあり、年初から前のめりになって走っていたランドヌールが多かったと思います。
それがこの震災で大幅に状況が変わり、業務や家庭の事情でPBPを諦めたり、SR取得までの計画を組み替える必要に迫られたり、といったことにもなりました。

 2015年のPBPからの人達はあまりよく知らない話だと思いますが、2011年のPBP参加には国別参加枠というものが設けられていて、その参加枠への優先を2010年の認定距離(累計:最高3200km)で決めるという仕組みになっていました。

参考: AJ エントリーの優先権(過去の話です、2011年PBP向け)

 そのため2010年は3200km以上走ろうと、SRを2つプラスαぐらいの計画で走っていた人が多かったのです。
最近は数多くのBRM開催があり年間にその距離を走破するのはわりと難しくはないものとなりましたが、開催があまりない地方の人は遠征中心でかなり多くの時間と費用をかけて参加資格を確実に得ようとしてきた過去がありました。

 2010年のBRMでも実は中止になったブルベがありました。
BRM417本栖みち300、降雪で道志みちがおそらく走れないだろうということで当日スタートに集まったところで、主催者から中止判断を聞くことになったものです。

 2011年のPBP参加枠のために、少しでも認定距離を稼ごうと地方から遠征してきたランドヌールが、この中止で「PBPあきらめた」とその時話していたことが耳に残っています。

(※) 実際は2011年のPBPは国内では参加希望者数が国別の枠に未達となり、2010年の認定距離での優先は実質的に無関係でエントリーできたようです。国別の枠で日本に数多く割り当てられたのは2010年にたくさん走った人達によるものですが……

 後から振り返ると、周りがよく見えていなかっただけなのかもしれません。
が、当時はかなりいっぱいいっぱいで、言葉に言い表せない苦悩がありました。

 ブルベは距離の認定であり、それ以上のものでもそれ以下でもない。

 想定不能な天候による中止は仕方のないことですが、予想できる範囲であれば、天候(気温、降雪、凍結)理由による中止にならないコース設計をすることが、当時の自分にとっては優先されるべきものという認識になったきっかけでもあります。
 凍結リスクが大きい時期に凍結しそうなコースを引くことは、自分に取っては主催者として背信行為だと思っています。

 最近は開催数が増えて、多少ゆがんだコースでも需要があるからいいか、と思える人もいるとは思いますが、基本的なところはきちんと抑えておいた方がよいというのが持論です。


 
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2010年BRM314宇都宮200(過去ログ転載) [BRM回想]

2013.1.17(木)

昨日の続きというか、SNS日記の過去ログを漁っていたら、
2010年に走った宇都宮200と300のログが見つかりました。
200kmの方は、あまりちゃんと書いてませんが、
GPSの実走ログをルートラボにリンクで残していたり、
やっぱり記録はつけておくものですね。

たいした話ではありませんが、以下は過去ログからの転載となります。
赤字は補足コメントとして追記したものです。

(以下転載)

リアルタイム日記(当日、写真付きなどでUPしていたもの)

初めての宇都宮ブルベで、とても緊張したことを覚えています。
自宅から宇都宮へは当日早朝に車載で移動。
駐車する場所が最初わからず、え?こんなとこ入っていくの?という感じで迷ったりしつつ、
なんとか準備をしてスタート地点へ行って、閉鎖された駐車場内の奥でひとりでグルグル
アップと称して軽く走っていました。
2010年はAJ宇都宮へのエントリーが急に増えたのかもしれません。
エントリー後に案内が来て、スタート時間の希望を連絡するようにということでした。
一緒に行った人とはスタート時間が残念ながら1時間ずれていて、自分だけひとり先にスタート。
おそらく7時スタート組で、6:55スタート扱いのグループだったと思います。

ソロで走るのは自分のペースで走れるので好きですが、
全く土地勘の無いコースを一人で走るのはやはり不安があります。
AJ宇都宮提供の精緻なコマ図を見ながら、念のためGPSに仕込んでおいたルートと照らし合わせて
走り続けます。
天候次第で天国にも地獄にもなるコースだと思いますが、この日はなぜか良い天気。
普段走っているコースよりは少し厳しいコースだと思っていましたが、
天候がよければ気持ち良く走れ、宇都宮ブルベの第一印象は「わりといいなぁ」というものでした。

PC1は少しだけ折り返しとなっていて、前走者がPC1休憩後に手前に戻って来るため、
PC1前後で、だいぶ先に行ってしまっていたはずの人たちと走りながらすれ違うことができます。
折り返しがあると、こういう些細なことかもしれませんが、楽しく感じることができます。
やはり同じコースを誰かが走っているという姿を見ると、自分も頑張ろうという気になります。

PC1
pc1.jpg
あぢ〜
けと、肉まん補給(^-^)

この頃は、今よりもう少しちゃんと走り込んでいて、補給は少なめでも走れる。
そんな感じでした。
予定どおりに近いペースで順調にここまで来れたので、少し安心したことを覚えています。

PC1からPC2にかけて走り出すと、ママチャリのランドヌールに出会います。
そういえばPC1で休憩中に追い抜かれていたと思うのですが、
当時はまだそのママチャリが某有名なお方とは知らず、普通に「こんにちは〜」みたいな
挨拶をしながら、恐れ多くもゆっくりとパスさせて貰った記憶があります。

そして、その先は林道。かなりの狭小な道路で路面には木の枝や小石が散乱しています。
(これ赤字のところは今書いているのですよ。よく覚えてるなぁ)
「うわぁ、これが宇都宮の林道か。やっぱり25cで来て正解だったな。」
次々にパンク修理で停まっている人達をパスしながら、そんなことを思ったりしました。
ブルベを始めてしばらくして、タイヤは23cから25cに変えました。
この時も当然、林道走行があるので25c。
ただし、いつも使っている25c用の軽量チューブの在庫を切らしていて、
若干分厚いチューブを後輪に入れての走行でした。
23cだと普段Pro3を使っていたので、この手の路面ではパンクのリスクがあったと思います。
この日使っていた25cはGP4000でした。今もそうですが。

PC2の手前で「道祖神峠」というものが待ち構えています。
それなりに斜度があって、上りが得意で無い自分にとっては鬼門。
最悪、押し歩きでいいや、と思いながらも、できればちゃんと足つき無しでクリアしたい。
なんとか上りきって、頂上で記念撮影をして下り出すと、
下りもあまりの急坂にびびります。
そして、キューシートホルダーが風圧で外れて、装備の作り込みの甘さを反省しながら、
そのまま下り切ってから付け直すみたいなことをしていました。

PC2
pc2.jpg
期待にこたえて?
揚げ物
pc2b.jpg
宇都宮、晴れだとサイコー!?

PC2まで来ると、気持ちの上ではだいぶ余裕がでてきます。
強度の高い運動をすると、揚げ物を食べるのは結構リスクが高いのですが、
自分の場合、揚げ物を食べたいと思う気持ちがある=まだ余裕がある。
みたいな感じで、何気なしに揚げ物弁当を買っている状態であれば、
まだ今日はやられてないよ、というサインになります。

PC2からPC3の間には、「道祖神峠」と同じような「上曽峠」(だったかな?)が
待ち構えています。
一応さきほど道祖神峠をクリアできたので、なんとかなるでしょ、と上曽峠もクリアします。
いまでこそ、上れる・上れないは別として、多少のキツイ上りでも、
「最悪押せばいいじゃん」と開き直れるようになりましたが、
当時はまだ、脚付いてるようだとダメかな、とか、そんなんじゃ間に合わない、とか、
斜度と時間の関係をきちんと理解できていませんでした。

※最近はとんでもないえげつない上りコースとかを入れ込むブルベもあるので
 一概には通じなくなりましたが、斜度がきつければ押し歩きにする。
 無理して上って、上で息が切れて脚がパンパンになって、その後にムダな休憩や
 移動速度の低下があるなら、押した方が実は早いし必要以上に疲れない。
 そういうことが、自分のなかでわかるようになりました。

PC3 ガリガリ君タイム
pc3.jpg
やっぱり、お約束。

PC3、このあたりで後続の8時スタート組になっている、一緒に行った人に
追いつかれると思っていたのですが、なかなか追いつかれることはなく、
もしかして、むしろ差が開いている?
3月ですが暖かい日だったので、お約束のガリガリ君を食べて休憩です。

このままさっさと休憩を追えて先を急いでしまおうか。
でも、結構頑張って疲れてきているような。
後続をまっても追いつかないことが確認できるまで少しのんびりしていましたが、
最後までひとりで走るしかなさそうだとわかったので、あとは安全に走るということで、
気持ちペースを落として走るようにしました。

そして、若干の市街地と平坦な道を走りながら、
「あぁ、ここは余計な感じがするなぁ。」とか、平坦のつまらなさ加減を知るわけです。
それなりにアップダウンがあっても、信号も無いし意外とアベレージは落ちません。
景色もよかったし気持ちよく走れたアップダウン区間が懐かしくなります。
(天候がよかったからそう思えるだけ)

最後に、ゴール地点までは若干の上りになると、さすがに疲れているので、
「あ、やっぱり上りもそんなに無くていいよ」とか思い直すようになりますが、
残り数キロ、森林公園通りに入ると、それなりに元気が出てきます。
そしてゴール場所が上の赤川ダム(スタートはダムの下なので行ったことの無い場所)
そこまで「これでいいのかな」と探るように走っていって無事ゴール

ゴール
※写真なし、有人チェックでゴール

さきほど無事ゴールしました。
10時間33分でした。

SOFTBANK圏外なので、電話用DoCoMoから報告まで。

そうなんですよね。今はもう通じるようになったみたいですが、
当時はそのあたりはiPhone(Softbank)では圏外でした。
SNS日記への写真UPは、登録していた携帯からしかできないので、
主に電話用として使っていたDoCoMo携帯のiモードからテキストだけ日記を登録。
そんな感じでスタート、ゴールの記録は写真付きでは残っていなかったという
ことのようです。

BRM314宇都宮200kmのログ(4日後の2010.3.18に書いたもの)

GPSの楽しみはログ取りにもあるのですが、
自分のログをルートラボにUPしてみたら、
それなりに面白かったので晒してみます。

BRM314宇都宮200km(実走ログ) - ルートラボ
↑短縮URLにしてます。

普通のルートだと、再生すると一定のスピードで移動するのですが、
実走ログのGPXデータだと時間の概念も入るので、細かい動きが見てて笑えます。
GPS自体の精度もあるので、遮蔽物があるところなどでは、測位位置がずれちゃったり、
細かい動きまではトレースしきれてないと思いますが、よーく見てると、
・信号で二段階右折をしている様
・ずーっと動かない場所(実はPCで休憩長すぎ)
なんてのが見えたりします。

その瞬間に記録されてた速度も見えるので、
ルートと標高グラフとあわせて見てると、また面白いです。

※ビーフラインで一度電源落ちしてるので、
 その場所がわかった人がいたら、凄いなと思います。



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セルフで千葉カレー [BRM回想]

2001.8.8(月)

たまたまAperture(Macの画像管理ソフト)を見ていたら、懐かしいスナップを発見。
小ネタ程度ですが。

昨年2010年のBRM214千葉200km(南房総)の時の話です。
2月とかだと、スタート前はこんな感じですよね。
IMG_3013.jpg

蛇足ですが、千葉はやっぱりコマ図が便利〜♪
(最近は公式には提供されていません)
IMG_3014.jpg

その前の秋の千葉だったかで「もうカレーはこれで最後になっちゃうかもね〜」と言われて、千葉名物のゴールでしみじみしながらカレーをごちそうになることは出来なくなるのか〜と泣いたものです。
そして、「だったら自前でカレー用意するもんね」とか、違う意味でノリノリで準備していたことを思い出しました。

ゴール後に、こっそり裏の方で準備してお湯を沸かして、レトルトカレーとレトルトご飯を温めます。
古いコールマンのツーバーナーの上でパスタ用の鍋とアルミゆきひら鍋を使用。
IMG_3019.jpg

いつも「大辛」が食べたくて、でもゴールが遅くて「中辛」ばかりだった自分は、ここぞとばかり「LEEの20倍」とか普段は食べないようなものを1袋だけ持参。これは「私専用」だかんね!とか主張しつつ温まるのを待ちます。
IMG_3020.jpg

他の人用にはコストコで安く調達できる「銀座カリー(中辛)」を。そういえばこの時、某夫妻が自分たちで持って来た「ボンカレー」にするか「銀座カリー」にするか、ひともめありました。超内輪ネタなので、ごくごく少数の人しか分からないでしょうが。
「銀座カリー」ってそこそこ美味しいレトルトカレーなのです。普通のスーパーだと200円以上するかもしれませんが、コストコだと5箱セットで買うと1箱120〜130円ぐらいだったような。

出来上がりはこんな感じ。
普段のデイキャンプなどでは「使い捨て容器禁止」でやっているので、カトラリー持参なのですが、こういうときは特別です。ダイソーとか100均調達のお皿とスプーンを使います。(ゴミ袋持参で回収)
IMG_3021.jpg


まだ2月でしたが昼間でも千葉の低い山の上では凍っていたりと寒い日でした。
ゴール後の寒空の下、何やってるんだろ?と思いつつ、こんなことをやっているのが楽しかったことを覚えています。
最後には、いくつか余ったカレーとご飯を、千葉スタッフが待機しているゴールまで持っていったりして、お裾分けして帰ってきたりしました。

「勝手に炊き出し」とか「勝手にスタッフ」とか言ってた頃の話ですが、まさかその後本当にどこかのスタッフになるとは・・・
しかしながら残念な事に、青葉ではスタート・ゴール地点でそういうことが許されそうな場所がないので、これができないんですよね。特にゴールは、受付待機時間のこともありコンビニレシートを貰ったあと、指定のファミレスでゴール受付処理をするというパターンが王道化していることもあり。

※千葉のカレーはたぶん消えたままだったかもしれませんが、スープとか復活したのは嬉しいですよね。
 今年はBRM528千葉600茂木逆回りでお世話になっただけで、すっかりご無沙汰しちゃってますが。

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北海道1200は1年前の今日がスタートだったらしい [BRM回想]

2011.7.15(金)

さきほどツイッターで、たっちーさん(ブルベ入門 (療養中))が、昨年の今日が北海道1200のスタートの日だったということを呟かれているのを見ました。たっちーさんは現在、療養中で自転車からは泣く泣く遠ざかっているようですが、1年前にはスタート地点のモエレ沼公園で元気なお姿を拝見しています。

DSC00029 (1).jpg

なんだかとっても昔のことのように思えます。
久々に思い出してしまいました。

自分も参加者なのですが、他人事?のようにスタート風景を撮影していたという恥ずかしい映像。(再掲)


そういえば、このブログって北海道1200のログを残すために始めたはずのものでした。
GPSログ(一部データ欠損あり)や写真を探して、記憶を掘り起こしてみようかな。

ちなみにスタートは夕方なので、ちょうどこの時間は近くの健康ランドで仮眠中。
ドキドキしてうまく仮眠できなかったことが、まるで昨日のように思い出されます。


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2010年SRメダル届く [BRM回想]

2011.1.20(木)

AJから封筒が届いてました。
あれ、こんな小さいので届くモノは無かったような気がするのだけど、
等々力のリザルトは提出したけど、いくらなんでも何かが返ってくるには早すぎるしなんだろ?
と手に取った瞬間分かりました。
メダルが1個入っているっぽいので(^_^;)

急いで封筒をあけてみると、
SRmedal2.JPG

念願のSRメダルです。
2009年に続いて、2010年は2年目(2回目)ですが、やはり嬉しいものです。

今年も事故のないよう
ブルベをお楽しみください。

と会長からのお言葉。

はい、そのように頑張ります。


シュペール・ランドヌールというのは、同一年に認定BRMで各距離、200km、300km、400km、600kmを
最低1回ずつ完走した人を称える称号です。
フランス語だとシュペール・ランドヌール、英語だとスーパーランドナー、いずれにせよSRと略されますね。
申請はしなくてもSRはSRです。
ですから2010年に600kmを完走した瞬間に2010年のSRは獲得していたわけですが、
やはりメダルの申請をして、こうやって手許にとどくと何となく感慨深いものがあります。
SRmedal.JPG
2個目でもやっぱり嬉しいですね。


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初ブルベの準備 2008年BRM914千葉200km(回想) [BRM回想]

2010.11.15(月)
一つ前に、初めてのブルベ参戦について、過去のメモから書いてみました。
オリジナルは身内のSNS日記なので、かなりテキトーなノリで書いているところもあり、また前後関係もわかりづらいと思うので、スタート前までに準備したことを少し追加で書いておくことにします。

2008年当時、ブルベの年間スケジュールは春先から200kmが始まり、徐々に300km、400km、600kmと距離が長いものが開催されるような感じでした。
関東近県では例外的に?秋にAJ千葉が300kmと200kmを同時開催していたので、そこで200kmへ初めてチャレンジすることができました。

当時の私は160kmぐらいは何にも考えずに1日でサイクリングと称して一人で走れるようになっていましたが、きちんとコースを定められたところを制限時間内に走る、ということは一度もやったことがありませんでした。
また、千葉県の土地勘は車で少し走ったことがある程度で、自転車では未踏の地という状態でした。
幸いにして、同じコースを既に春に走っている自転車仲間も秋の千葉200kmに参加することになっていたため、分からないことがあれば準備段階で訊けばそれなりに教えてもらえる体制にはなっていました。

当時のAJ千葉のHPは今も残っているので、そこへのリンクを参考までに張っておきます。
2008年以前のAJ千葉サイト
2008年のBRM914千葉200km
(※今後、パーマネントリンクが消えるかもしれませんが、これを書いている時点では有効)

AJ千葉から提供されている情報は、次の4つです。
コースマップ(大まかなコース図)
・キューシート Excel版、HTML版
・ALPSLABルート
・コマ図

コースマップは、パッと見で千葉のどのあたりを走るか、ということが分かります。

キューシートは、ExcelとHTMLと2種類提示されていますが、中身は同じものです。

ALPSLABルートは、当時のサービスで、今はルートラボになっています。
(古いデータはアクセスできないので、AJ千葉サイトからのリンクは現在無効になっています)
スタートからゴールまでのルートを地図上に引いてくれているので、とても分かりやすいです。

コマ図は、AJ千葉のスタッフのA川さんが作成されたものだと思いますが、とても分かりやすいものがカラー版で提示されています。
※2009年からはコマ図提供は公式には無くなりました。
(非公式には2009年でもあったみたいですが)

ここまでいたせりつくせりの情報が提供されているブルベは、そう多くありません。
最初のブルベがこの千葉200kmというのは恵まれすぎと言っても過言ではありません。

私が準備作業でやったことを以下に書き出してみます。
今だったらもう少し違うやり方もあると思うのですが、あくまでも当時の自分がやった方法です。
参考になるところもあれば、そうでないところもありますので、そのあたりはご容赦願います。

1.コースマップを眺める
千葉のどのあたりを走るのか? について、単にぼーっと眺めています。
200-300mod.gif
300kmと200kmのコースが同じ地図に描かれていたりします。
指でなぞると、袖ヶ浦から南下して、あれ?このピンクのModifyってのは何だろう?と
コースが変更されているのだろう?海沿いではなく内陸部を走ってPC1まで行くのか。
PC1からPC2までは内陸部を南下して行くのか。
PC2からPC3は途中まで海沿いだけど後半は内陸部へ入っていって、何となく長そうだな。
PC3からゴールはなんだかどこを走ってるかわからないや。

そんな程度しかわかりません。

2.キューシートを眺める
マップを横に置いて、今度はキューシートを眺めてみます。
2008BRM914qsample.jpg
連番、総距離、区間(距離)、交差点名、進路、信号、路線名、備考
そんな項目があってそれが81行もある。パッと見た印象ではこんなの全部覚えきれないと思います。

一瞬目眩を感じながら、とりあえずPC間の距離を見てみます。
そうすると、次のような距離が見えてきます。
スタート〜PC1 約40km
PC1〜PC2   約50km
PC2〜PC3   約70km
PC3〜ゴール  約45km
合計      約205km

40kmとか50kmならノンストップで走れるけど、70kmはちょっと厳しいような気がする。
とか、そんなことをここで感じたりします。
別にPCでだけ休憩するということではないのですが、当時、PCだけでストップするぐらいじゃないとタイムオーバーするのでは?と危惧してたようです。

3.ALPSLABルートを眺める
キューシートを横において、更にALPSLABルートを眺めてみます。
今はALPSLABルートがルートラボになっているので多少機能で違うところもありますが、基本的にwebでマップにひかれたルートをなぞることができるものでした。
スタートから順次ルートを追いかけてなんとなくどういうところを通っているか、どこで曲がるかというのをキューシートと突き合わせながらコースの予習に入ります。
2〜3度、通しで眺めてみて「覚えるのは無理」と悟ります。

4.コマ図に頼ってみる
キューシートは無味乾燥の指示ですが、コマ図だともう少しビジュアル的要素があって、曲がるポイントなどが一目瞭然だったりします。
コマ図の提供は主催者によって大きく扱いが異なりますし、キューシート以上に表現の違いも大きくなります。AJ千葉が当時提供していたコマ図は、とても分かりやすいものであり、初心者として参加するブルベとしては、本当にありがたかったです。

そのコマ図のサンプル(一部コピー引用)
2008BRM914koma.jpg

これが実際のコマ図です。
A4縦を上下に区切って、2ページ分が1枚に描かれているのですが、1ページ分はA5横サイズで20コマ、右下から上に、右から左に、という順を追って読んで行きます。

コマ図とALPSLABルートの地図を眺めて分岐の場所での意味を再確認します。
例えば、一番右下のコマは凡例になっていますが、連番で1つめはスタート地点、2つめは最初の分岐点になります。
そこは、区間距離が1.5km、総距離が1.5kmで、右T字路で右折するんだ、ということが分かります。
「橋を渡りすぐ右折 木更津市に入る」という備考も書かれているので、地図上で手前は橋、右折したあとは市境を越えて木更津市となることが分かります。
ふーん、キューシートとコマ図は、こうやって読むんだな、ということが徐々に分かってきます。

その次の3つめは、進路が「変則五差路」となっていて、キューシートだと「左前方」「道なり」という文字だけですが、コマ図では道路の概略図が書かれているので、なんとなくイメージしやすくなっています。そして、その部分をALPSLABルートの地図で確認すると、地図上のルートだと無意識のうちに見落としてしまうような場所だったりします。

この時点で今ひとつ良くわかっていないのが「路線名」という項目だったりしますが、これは例えば11つめのところでT字路(信号あり)を左折して、というところで曲がった先がR16なので、この表記では「路線名」は次の道路を示していることがようやく理解できます。

5.実際にどう利用するか考える
コマ図を見ながら走れば、なんとか走れそうだ、という気がしてきました。
コマ図を常時見れるようにしておくためには、コマ図ホルダーなるものをハンドルバーあたりにつければ良さそうだということを、なんとなく聞いていたのでAJ福岡のサイトとか、知り合いのブログ写真とかwebから何となくそれ風のものを参照して、自分で作ってみることにします。
2008BRM914q.jpg

それがこんな感じで、100均でクリアフォルダのケースを買ってきて、ハンドルバーとシフトケーブルになんとなく留めてみたものです。

当時使っていたサイコンは、GARMIN Edge305です。普段からこれで走っていたので、区間距離、総距離はこのEdge305で表示させることにします。
総距離は普通にスタートしてから積算で出てきますが、区間距離をどうするか?
おそらく総距離はずれてしまって分かりにくくなることが想定できたので、なるべく区間距離をチェックしながら走ってみようということで、区間距離は「ラップ」で計測することにします。
これはキューシート(コマ図)の番号毎に、ラップボタンを押して、細かく区間を計測していくことで対応します。
Edge305のバッテリーは200kmブルベでなら問題にはならないので、外部バッテリーとかは考えず、フル充電で当日朝スタート前にスイッチを入れることで対応することにします。
※Edge305でもベースマップは無いもの、ルート情報は工夫すればいれられるのですが、当時そこまで使い込んでいないのと、知恵がなかったのでやっていません。

ここまでが事前準備ということになるでしょうか。

ついでに言うと、初ブルベはきっちり完走したい!!
という気持ちが強くて、開催の1週間ほど前に
・新しくホイールを投入 WH-7850-C24-CL
・ホイール試走と称して、多摩サイ〜名栗〜青梅に戻って〜奥多摩湖〜風張峠〜武蔵五日市〜八王子〜大垂水峠で折返し〜多摩サイ、と200kmばかり走行
などという事をやっていたりもします。これはさすがにやり過ぎ。(苦笑)














2008年BRM914千葉200km 初めてのブルベ参戦(回想) [BRM回想]

2010.11.13(土)
今から2年と少し前、初めてブルベに参戦したのが秋の千葉200kmでした。
その時の記録を、当時のメモから引っ張り出して振り返ってみたいと思います。

2008BRM914q.jpg

スタート前の風景(携帯スナップ)
2008BRM914start.jpg

まずは当時走った後の某SNSでの日記から引用

BRM914千葉200km走行記録(前半)
サイコンのデータをMacに取り込んだので、
覚えているうちにメモ書き。

スタート 袖ヶ浦海浜公園 6:22発(公式には6:30)
 6時半スタート組の中で一番最初の15名程度のグループとして
 スタート
 5〜6人先行するあとについて、なんとなくグループ走行
 ゆっくりペースでウォームアップ
 Fさんが、しきりに「このペースだと遅い」と時間を気にする。
 No.9 11.2km手前で先行2人が集団から離脱するも、
 こちらは信号にひっかかり追走できず。
 このあと、自分が前に出て走り出す。(No.9〜19)
 No.22マザー牧場までの上りは個別、
 頂上で先行2人に追いつく(彼らは小休止、ここで抜いた)
 Fさんが来るのを少しまってから(休憩3分)下り走行
 PC1がもうすぐというところでBongoさんが飛び出す。
 が、No.23更和交差点手前40mで右に入るところをオーバーラン
 あと100mもないところでFさん棚ぼたでPC1を1位到着

PC1 39.6km 7-11富津更和店 8:03着8:09発(休憩6分)
 トイレに行ってからレシートチェック用の買い物
 おにぎり1個、コーラ500mlを持って外に出てくると、
 Fさんが「いくよ〜」というので、 
 慌ててコーラで流し込みつつスタート

 No.26志駒湧水あたりだったか、どこかの上りで
 Fさん先頭でペースが落ちる。
 「だれか山強いひと、先行かせないと〜」とか言うと、
 「yoneちゃ〜ん!!」とかコールがわき起こるが、
 ここにはyoneちゃんは居ない(泣)
 Bongoさんが前に出て、自分も前に出る。
 しばらくするとBongoさんと二人で集団から少し先行
 このままPC2までBongoさんについて行く。

 300の先頭とPC1で出会ったので、PC2までの間に、
 ばっちゃん、いっしーさんとのスライドが楽しみ。
 ほどなくして、リュウさんとスライド。
 Bongoさんが200の先頭を走っていることが衝撃?

 300の人たちとすれ違うたびに、
 「頑張れ〜」とか声をかけてもらう。
 自分は軽く手を振るのが精一杯(笑)

 No.33道の駅三芳村をすぎてからしばらくして、
 「あっ! ばっちゃんだ!」と叫ぶ。

PC2 89.6km 7-11白浜滝口店 9:59着10:23発(休憩24分)
 Bongoさんと二人で先に到着
 ここまでのアベレージは、ATモード計測で26.9km/h
 前半で脚使い果たしたんじゃないかってぐらい速い(当社比)

 トイレに行ってからレシートチェック用の買い物
 ガリガリ君ぶどう、鶏そぼろ弁当、レモン水紙パック1L
 なにあそチェックして、ガリガリ君食べながら、
 Fさん、wildbirdさんの到着を待つ
 PC3まで70kmもあるから、まだ時間は早いけど軽くお昼を
 ひとりで補給しておく。

 ちょっと休憩したけど、走り出すとなんとなく尻が痛い
 うーん、大丈夫なのか?
 SSRジャージのレーパンだとちょっと痛いんだよなぁ(泣)


BRM914千葉200km走行記録(後半)

PC2を出てから先頭はFさん。
「キューシートは暗記」
というのが信条らしいのでジャージのポケットに入れてる。
2月に走っているから、要所要所をおさえていれば、
そういうのも可能なんだろうと思っていたら、
No.42のY字路で右のところを左にすーっと行きそうになる。
「Fさん、Fさ〜んっ!!右、右〜」と叫んで右に曲がる。
で、No.42〜47までは自分が先頭になる。
コマ図をちょこちょこ見ながら、サイコンの区間ラップデータで
ナビをすることがだんだん慣れてくる。

No.47の太海トンネル手前で左に下って行く道を、
区間2.4kmで合わせていたら、その手前に左に行く道があり、
Fさんが「こっち、こっち〜」と後ろから言うので、
みんなでそっちに行くと、またすぐ元の道に戻る感じで合流。
その先に正しいルートがあった。
コマ図の但し書きにある
「フラワーセンター・二衛門島・鴨川青年の家方面」
という看板がちゃんと出ていた。
うーん、気をつけなきゃ。まだまだ油断は禁物ね。

晴れていたら景色がよいんだろうなぁ、という海側を走り、
集落が出て来たと思ったらお祭りの山車が出て来て一旦停止。
一旦国道に出てから鴨川有料道路の方へ進んでいく。

フロントをアウターからインナーに落としておこうと変速したら、
ガチャーンとチェーン落ち。まだ坂が緩いところで良かった。
「チェーン落ちたんで止まりまーす。先いってくださーい」と
声をかけてから一旦停止。
チェーンかけ直して再スタートすると、しばらく先の自販機で、
ドリンクを買っているところへ追いつく。
鴨川有料道路の上り前に一応、補充で買っておく。
このあたり、少し暑くなってきたのもあるし念のため。

鴨川有料道路の上りの途中で、Fさんもまたチェーンが落ちる?
そうこうしているうちに、後ろから来た青いジャージの人に抜かれる。
たぶん30分遅いスタートの速い人なんだろう。

ここから先は淡々と一人で上り切り、ちょっと下って料金所で、
後続を待つ。

Fさんが「トイレ行きたいんだよなぁ」というので、
3.5km先のNo.52道の駅ふれあいパーク君津の右にある
ミニストップで「アイスとか白桃パフェとか食べますか?」と
提案してみる。
ちょっと暑くなってきたのでアイスが食べたかったのが本音。

で、ミニストップで休憩。PC以外では初の休憩。
ミニストップ休憩 141.5km 12:32着12:48発(休憩16分)

自分は涼抹茶ソフトを食べる。
Bongoさんは軽量化に・・・2回?
なんだかんだと、結構ここで休んでいる。
(普通なら休んだっていいよね)

そして、次は朝のブリーフィングで予告?のあった三石山
たぶんシークレットはここにあるんだろうということで、
房総スカイライン入口から、注意深く進む。
150mで右に曲がる道を見つけて無事に右折。
約1kmほど?あがったところにシークレットがあった。

シークレット 143.7km付近 三石山へ上る途中
       12;54着13:03発(休憩10分)

ここでは千葉名物のスープをいただく。
が、これが熱い、熱い。煮立っている状態で簡単に飲めず。

このあたりから、Fさんがまた時間を気にし始める。
うーん、タイムトライアルやってる訳じゃないんだけどなぁ。
とか思いつつも、せっかくだから邪魔はしないようにする。

再スタートして三石山への上りで、徐々にwildbirdさんが前へ
出てくる。なにげに脚が一番残っていそうだ。
三石山を降りてからは、少しだけ一人で先行してみる。

PC3の手前の信号待ちで止まっていたところでBongoさんに
追いつかれる。

PC3 160.0km 太田商店 13:46着13:56発(休憩10分)
 コロッケとか揚げ物が美味しいんだっけ?と思いつつ、
 薄皮あんぱん、コーヒー牛乳をレシートチェック用に購入
 薄皮あんぱん2個を食べて3個をジャージのポケットに。

Fさんが再度、時間について、
貯金は10分・・・ごにょごにょ」とか言っている。

ここから先のルート、結構難しいらしい。
誰が先に行くか、ごにょごにょっと相談しつつも決まらないので、
とりあえず先行してナビ役になる。(No.61〜72)

養老渓谷の周辺って観光地で車や人通りが多い。
駐車場に入ろうとする車などで走行注意。
これを過ぎて、とりあえず飛ばせるだけ飛ばす。(当社比)
林道でどのくらい時間がかかるか読めないのと、
なにかアクシデントがあったときのリカバリー用と考えると、
貯金は30分は欲しい。(あれ?)
ミスコースしないように注意すべきところはスピードを落とし、
そうでないところは、後続が離れようが先行する!!
(あれ?なんで、こんなところで、力入ってるんだろ?)

No.68わかりにくいト字路も無事発見して右折、ここからヤバそうな道が待っているのね。きつい坂とか霊園がお待ちかね。
No.69丹原線も無事発見して左折。
次のNo.70も但し書きにある
「手前Y字路>>道なりに右へ」をしっかり守って
手前で間違えずに道なりへ進んでからT字路で左折。
No.71の幽谷通りへの右折も0.7kmの区間距離を頼りに、
気持ち良いくだりを500mぐらいで減速して、きっちり右折。
(これ、普通に走ったら見逃しそう)

嫌らしい林道区間はなんとかミス無く走り抜けられたので、
あとはゴールを目指すだけ。
残り10kmぐらい、ここまでくれば、10時間切りは大丈夫そう。
水はOK。ちょっとお腹すいた、と薄皮あんぱんを食べようと、
ジャージのポケットから取り出していると、
Fさんが「今たべると、ゴールでラーメン食べられなくなるよ〜」
じゃ、やめるか、とあんぱん補給中止。

No.75 200.2kmあたりで9時間切り(8時間台)は、
もう無理だとかFさんが、ごにょごにょ言ってる。
え? 10時間切りが目標だったのでは???

そんなこんなでゴールです。

ゴール 205.4km 袖ヶ浦海浜公園 15:40着

 公式だと9時間10分(実際は9時間18分かな?)でした。
 ちゃんちゃん

EDGE305での記録
(GPS計測なのでトンネルなど誤差あり)
距離 204.68km 時間 7:47:58
平均速度 26.2km/h
平均心拍数 140bpm 最大心拍数 170bpm
平均ケイデンス 83rpm
上昇量 1906m(そこそこ上ってますね)

ここまでが引用

ゴール後の風景(携帯スナップ)
2008BRM914goal.jpg

当時は、サイコンとしてEdge305を使ってたんだ〜とか、
初の割に9時間10分?って、もしかして未だにこれが200kmで一番最速だったんじゃないの?
って言うのが、今読み返しての率直な感想です。

やはりメモは残しておくべきでしょう。
今読んで、当時の風景や出来事がフラッシュバックのように脳裏に浮かび上がりました。
解説は別途、書いてみることにしましょう。


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